三門花伝


1・空門

あたたかい夕餉のまつあの家にもどれるならばいのちをかえす
こがらしにかくれてすえば金色(こんじき)の火の粉とびちる<いこい>
だれかがカギをあけて家の中に入ってきてしまうから出られないのふとんから
原紙人万年筆で厳然と枡目を埋める原稿用紙
モンブラン金のペン先しなやかに苦をうけとめる極太の友
文は赤と青 章は赤と白 歌おう夕焼けと青い空と白い雲を
金文字の背表紙整列壁高し大英図書館セネカの蔵書

2・無相門

インク瓶ブルーブラック空想の青いしずくの銀河に逃亡
この世にはありえないことばでうたわれた詩をありえない書物に
人間の可聴範囲の外にある音域で作曲されたフーガの技法
ブルックナー交響曲第九番全四楽章演奏会フルトヴェングラー指揮
陰界の帰れぬわれが飲みに行くうわさリッチの店
最愛の時代にすむ豪奢 夢にささげる人生もよし
日の本の迷宮に生きる妄想師 あるなあ近くに海鮮飯店

3・無願門

ちはやぶる神にもあらぬ台風は大地のはたてはるかすぎゆく
黒猫ミストフェリーズしなやかに塀を疾走闇にまぎれる
深山の暗い滝壺眼を金に鼬が睨む口に微笑み
スレドニ・ヴァシュタールを美名としサキ短編集ひらくしぐるるあした
記憶の葉ヴィクトル・エリセうらおもて異なるひとと六本木
雪雲を千々に砕けり冬の月金剛の光山脈燦然
闇鍋になにかぶちこみあふれたる黒き物体わらいとまらぬ







第二回三文賞 佳作
笛地静恵「三門花伝」

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