回向


六文銭を忘れて川を渡れずに此岸に流す燈籠一つ
百八枚の首なし地蔵を敷き詰めた遺影の額に己を飾る
道端の地蔵にいざなわれるままに冷水峠の水場に至る
明けきらぬ冷水峠の水場には名残を惜しむ亡者がいると
うすもやの峠に車を降りてみるもしやあなたの姿はないか
宇曽利湖は碧く静まり明け方の朱塗りの橋の前にたたずむ
罪障のある者渡れぬ橋ならば渡らぬままに車に戻る
朝焼けは山門を染め傍らの傷痍軍人ハモニカを吹く
西院の河原にマリッジリングを埋める時カラカラ回る赤い風車は
六道を廻る風車のカラカラと硫黄の風にその身を任せ
俗名の書かれた礫を拾い上げ崩れたケルンの天辺に置く
立ちすくむ首なし地蔵の傍らに干菓子をつつく鴉が一羽
地蔵経唱える老いた巡礼に気後れしつつ立てる線香
白百合を手向ける宇曽利湖の岸に線香の痕点々とあり
冷抜の湯から地獄を眺めれば回向の人に亡者はすがる
大祭の前はイタコも一人きりお堂の中でじっと向き合う
イタコには何も話さぬままなのに過たず言う遺書の中身を
口寄せを終えたイタコは向き直り生きよと僕に繰り返し言う
もう一度三途の橋に立ってみる今度は渡れるような気がして
浜茄子の数珠を墓石にのせている君の娘も二十歳になった







第三回三文賞 佳作
木村美映「回向」

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