しゃせい


まだ生きない

子どもが描いた絵の中で

僕は情婦と性交している。

だれもいない真昼のどうぶつえん

ソフト・クリームが溶けだして

きれいな手首からしたたり落ちる

しろい絵の具を舐める女の子

さくらさくらの楽譜が読めない

口の中を甘い空白でいっぱいにして

音痴な足どりは虚弱なひな鳥のまま

絨毯の上をひとり歩いてゆく

はいいろの絨毯、はいいろの足首

はいいろの宝飾と、つきぬけた空

子どもが描いた絵の中で

浮遊する気球だけがあかく燃えている

らせんかいだん、つまさきだちして

宙へ突きだした手首が落花する

走り込んだ電話ボックス

伸び切ったカール・コードの先で

受話器が一匹、死んでいる

耳を、当てる

まぶたの中、砂が痛くて

目を、閉じる

ホワイト・ノイズの洪水

軽石になる、からだ

こわくなって、飛びだした

蹴っとばした扉から

砂が、ザブリとあふれていた。

まだ生きない

子どもが描いた絵の中で

僕は情婦と性交している。

窃視するポップ・ソングのゆうれいたち

大好きだよ、大好きだよ、って

どの口が、どの口に言ってやがる

ゆうれいたちは

くちづけを相互に交換しながら

群集に紛れて交差点を徘徊する

降りだした雨に街はかがやき始め

殴り合う傘と傘、の下を駆ける獣

どうぶつえんから逃げ出した猿

が、交差点の真ん中で

口を開けながら雨水を飲んでいる

舌の上は最先端の音符でいっぱいになり

その周りでポップ・ソングのゆうれいたちが

古いダンスをダンスするステップは混乱して

ハンド・スクラップは故障して

それでも踊りつづける幽体は

感覚をつかまえ、起動して

浮かれ、浮かれて

ぶちあがる、たましいは

おにびとなって消えてった

子どもが描いた絵の中で

生きてるものはいないのか

ふるえる触手でにぎりしめた

あかく火照った油性マジック

なまあたたかい空白

でたらめでもいい、悦びなかで放たれる

もっとも鋭い叫びを書き殴るものは

いないのか、餓鬼のまま、獣のまま

混交する、汗とインクの匂い。

まだ生きない

子どもが描いた絵の中で

僕は情婦と性交している。

名簿に連ねられた姓名

ひとりの名を修正液で消去する

(あの、)

床いちめんに敷かれた大きな布

風が送られ、わずかになびいている

中央に立つ、裸の女性

― わたしはあなたの母です ―

床には、卑猥な落書き

(あの、この、)

水の入ったコップが並んでいる

暗くてせまい通路を

懐中電灯で照らしながら

ゆっくりと進んでゆく

壁にかけられた家族の肖像画

小さなモニターに泣く子どもと

あやす手が映され、音声はなく

映像は酷く、歪んでいる

(あの、この、その、)

風、と頬が等価になって窓を見る

カーテンのあいだから伸びた、長い素足

絹糸を垂らした蜜蜂が

原色を求めて辺りを飛んでいる。

まだ生きない

子どもが描いた絵の中で

(また来るよ。)

僕は情婦と約束を交わす。







第四回三文賞 佳作
群昌美「しゃせい」

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