桃と不眠症(インソムニア)


恋愛の免許を持たず生きてきてスピード違反の切符を切られる
野ぶどうは色を深めぬままに枯れワイパー越しの雨を見ている
真夜中のサービスエリアにソナチネとガス銃響く、そんな秋です
埋めがたい空洞があり水蜜桃を住まわせてみるブティックホテル
テーブルの桃剥きながら腹の底を探り合いする人狼ゲーム
熟れ過ぎた桃でごめんと言いながら僕を見ていた泣きそうな目で
風景画は傾いていておもむろに薄荷煙草をひとつくゆらす
インターが真下に見える部屋にいて糊きき過ぎたシーツに泳ぐ
その気にはなりきれずいる腰掛けたベッドがやけに鈍くきしんで
いいわけを不意に呑み込み背後から桃の産毛を撫でているだけ
一枚のブランケットになりきれず時折混じる言葉のナイフ
携帯の電源を切るあまがみの歯形の消えぬその時間だけ
眠れない夜に飲み干すネクターはきみの産毛の味がしている
熱病の潜伏期間を過ぎたときネクターはふと薄味になる
生贄をインソムニアに捧げればあなたの顔もなぜか穏やか
何もかも脱ぎ捨ててみて眠れない夜も嫌いでなくなっている
コーヒーをたっぷりそそぐ残り香の消えないままの朝を迎えて
この秋のパースペクティヴ ビル群の谷間に黄色い朝陽が昇る
帰り道を告げるカーナビおもむろにあなたは母の姿に戻る
山肌は燃えていました堕ちていくことをいとわぬ恋もあります







第四回三文賞 特別賞
木村美映「桃と不眠症(インソムニア)」

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