春眠


   川べりの道をあるいてゐるゆめを幾たびも幾たびも見てをり

水面に浮かぶさくらの花びらが眩しくてそれは眩しくていつか君がくれた傷口のやうだよ。
名前をつけるのは忘れなさいね。川に。傷口に。君に。ああ、雨が降つて川が濁る。溢れる。

   花の雨聴くや半分だけ生きて

雨があがると当然のやうに大きな虹がかかるのは此処がゆめのなかだからなのかな。
目を醒ますと白い天井しか見えないのを知つてゐてせめてもの彩りをつくりださうとして。

   命より重たいものはいくらでもあつてたとへば春の虹とか

誤解しないでほしいのだけど死にたいわけぢやない。死にたいわけぢやなかつたんだ。
ただきれいな水を飲みたいみたいな気持ちで、生のむかうがはにあるものに憧れたんだ。ひかり。ひかりがさしてゐるはうへあるいた。

   たましひがひかりでできてゐることをいつから知つてゐたのだらうか

   風光るつよいカードは使ひきれ

   かなしめる人と悲しむおぼろ月

はやくあかるいはうへ行きたいけれど、ほの暗い世界でまだやることがあるのかもしれないね。林檎の木を植ゑるとか嘘をたくさんつくとか。
でも傷口は癒しちやいけないし君の名前を思ひ出してもいけないよ。

   たれか呼ぶこゑが聞こえて川べりの道から白き部屋へ戻りぬ

   カーテンを開きてみれば木の芽張る

   シネラリア活けたるそばによむ詩集

   靴ひもをきりりと結ぶ夏近し

夏になつたらほんたうの川の光をみにゆかう。







第九回三文賞 佳作
冨樫由美子「春眠」

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