ジョバンニの朝
牛乳の表面に下りる朝靄
そっとどけて、粉ココアを振り落とす
全て沈みきるまでに
私は何度、貴女にキスをできるだろう。
「誰も悪くないから、誰もが共犯者なんだよ」
それが私達の合言葉。あまりに綺麗に落ちてゆく少女を、人々が拍手をして眺めた夏から。
「心、なんて臓器はない」
青に刻む鋭いビル群の心電図は、貴女の寝息を無視して繁殖する。
「朝起きたら残ってたのよ、夜。剥がして持ってきちゃった」
もう千年、二人で朝に閉じ込められている。
確かめるように黒インクの絡まる舌で愛撫しても、貴女は頁を捲るのに忙しい。その瞳の水底で途方にくれた。互いの吐息が触れ合う距離で私達のいない何億光年も先の物語に焦がれる瞼に閉じ込められ、私は溺死する。
「嫌い 嫌い 嫌い 嫌い 嫌い」
貴女の言葉で私が血を吹けばいい。貴女が私につけた傷が目に見えればいい。それなのに、思わず飲み込んだ言葉は眼球から飛び降り自殺をして恨みがましく口元を濡らす。
「嫌い 嫌い 嫌い」
呟いては金平糖を投げる貴女と明度だけが高い朝。カラフルな雨の中で指だけが濡れていた。羊水が冷たければもっと覚悟を持って生まれてこれたのに。私は生のその瞬間、肌寒さに絶望して泣いていたんだ。
白く満たされたグラスの底に、ちりちり音をたてて沈んだココア『いつか沈みきるまでに』
神に強姦された身ですから、処女膜だなんて、今さら可視化できるそんな薄い純潔なんて、とんでもない。二人で市街戦のヴァージンロードを歩く。私のネイルがすぐに剥げる理由は貴女だけが知っていればいいし、貴女だけが知っている、という事を皆が知っていればいい。誓いも祝福も加護もいらない。
「何千という歴史が護ってきた書物を瞬きで燃やし、その業火に愛される者だけが神を名乗りなさい」
本当は気づいている。あの夏、近づく地面に「愛している」と告げ腕の中に重力加速度9.8m/s²で落ちて行ったのは青い星の方だった。此処は広い墓石の上なのよ。私達は最も美しい場所で罰を受けている。
メメント・モリと手を繋ぎ8cmヒールでこの淵に立て―観覧車廻る地平線―そこから見える景色の果てを、どこまでも越えていける風の抱き方を 私は私は 知りたいの
そしてまた私達は骨を砕くキスを繰り返して手をとり合い落ちていく。
「嫌よ嫌よがお上手ですこと」
反芻する度に優しさを持つ言葉。これを美化と呼ぶのか咀嚼とするのかは、二人混ざりあい灰になり其処から芽吹いた花が枯れた日にココアでも飲みながら、もう一度話し合おう。
第九回三文賞 特別賞
荒木凪瑳「ジョバンニの朝」