歯軋り村


壱・小学校
歯軋り村は山の口にある。里帰りした。短日の校舎おぐらくうずくまる蜘蛛の巣のステンドグラス誘われぬ暖冬や鯉のうろこをうすくするBCG針の痕から血を噴いて丈高き先生の歯の白さかな
弐・寺
仏壇の弥勒菩薩が薄く笑う。夕焼けの雲につながる石段の境内に音だけキンとお賽銭落ち武者の歯が石垣に忘れられ雪女郎歯のつややかに冬来たり縁側に塩鮭の骨反り返る
参・散歩
尻尾の割れた猫は半分だけ消化した犬を吐く。冬の森ひとあらわれて冬の鳥鴉飛ぶ零戦よりも広き翼断崖へただいくたびも歯が墜ちる勾玉の古墳の口が開ききりかにかくに死の民村は山向こう
四・村人
いくつになった。おばあちゃんはいつもおなじことをきく。老僧かしずく美少年飯食わぬ石の橋まだ泣いている人柱ひとつ家に入れ歯を研げる未亡人医師の肝フォアグラ用に肥やす哉新しき入母屋作り巨き乳
五・冬が来る
祖父は此の家の子になれという。牛の歯が歯軋りの夜三日月老いの手に骸骨すける冬の月にわとりの卵の黄身が渦を巻く増水の笑う子供ら流れ行く冷凍の龍を見に行く瀧の壺
六・冬支度
おかあさんからはなれてはいけない。すそにしがみつく。すすわたりはらいてすがし影おとこ木となりし女人の溝を愛でる僧さわ蟹が手伝いにくる臼づくり北風に鎌切り落とす前歯かなかみそりの歯先ころりんひな人形
七・冬ごもり
母は用事で町に帰った。ぼくはひとりだ。新しい土葬の墓がみじろぎした。冬ごもり玄関ありかみあたらぬぬかづけの底からのぞく魚の眼開かずの間足袋をする音能舞台いんいんと風吹いている牛の首どこまでも歯のならぶ森降る雪や
八・家族
家は雪の下だ。出られない。囲炉裏の火きつねいつからあのすみに豪雪や兄はけだもの臭くなり毛糸編む母の手の甲毛深くて豊満な綿の布団に眠る姉人面の乳房へうつる小春日和
九・動物植物
おかいこさまが天の夢を見ている。むささびの月から帰り砂落とすきりきりと月光を断つ枯れ茨ひとみひらけり返り花ひえびえと酒の池肉の林に歯噛みする母の片身たもとの袖の六文銭
十・夢見
天井の杉板の顏が歯をむき出して笑う。畳の座敷が無限に続いている。足うらに草の歯を踏むよみじかな子どもより大きな蟹に首切られこんこんとしゃれこうべの歯ねむる午後りんりんとまたりんりんと人の玉年輪の一つが増える響け谷







第九回三文賞 功労賞
笛地静恵「歯軋り村」

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